映像の世紀(デジタルリマスター版)をおすすめする記事

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2015年の秋から、NHKスペシャル「新・映像の世紀」が放送を開始した。

わたしは20年前(!)に放送された「映像の世紀」にかなり多大な影響を受けている。

中学の世界史の先生が、授業内にこの「映像の世紀」の一部を見せてくれてから、もともと歴史が好きだったわたしはすっかり「超歴史好き」の歴史オタクへの道を歩き始めることになった。

その先生には本当に感謝している。

「新・映像の世紀」を見る前に、旧・映像の世紀を見返そう、とふと思い、数ヶ月をかけて全11巻を見なおした。

 

 

最初に断っておく必要があると思うが、その感想はとても一言、二言で書けるようなものではない。

ただ、とにかくこの「映像の世紀」は非常に素晴らしい資料であると思うので、個人的には「中高生が歴史を学ぶ時に絶対に見てほしい」くらいに思っている。

また、現在大人になっていて、「自分は多少賢い」と思っている人にも、逆に「歴史が嫌い」「歴史なんて自分には関係ない」と思っている人にも、是非見てほしい、と思ってしまう。

(わたしは「〜〜を読むべき」とか「見るべき」とか言う表現が非常に嫌いなので、めったにこういうことは言わないし書かないのだけれど……)

そこで、いくつか以下に「おすすめである理由」を書いてみる。

 

考えることができる

国とは何か、民族とは何か、戦争とは、差別とは何か。

あるいは、そんな固い言い方でなくても良い。「どうしてこんなことになっちゃうんだ」「こんなことを言っていいのか」「ひどい、でも他の方法がなかったのか」……

これほど考えを促すものはない。

そしてそこに無理に結論を出さなくてもいいのだ、考えることができることだけでも貴重な資料だと思う。

 

戦争も含め、「その時代の暮らし」を体感することができる

活字でいくら読んでも人間の想像力には限界があり(もちろんその状態ならではの楽しみもあるが)、

映像で直視することによる衝撃は計り知れない。

 

20世紀の100年間の延長線上にある今現在の世界を見るときの、視点が増える

20世紀が21世紀になったからといって何かが変わるわけではなく、世界はいつも繋がっている。

20世紀に何が起きたかをだいたい大まかには掴むことができる、それはつまり「現在の世界がなぜそうなっているか」を知ることに繋がる。

 

「国が」だけではなく「個人が」を見ることができる

教科書では、「国がどうした/こうした」ばかりが説明されているように思えるし、

掲載されている個人の名前といえば、英雄や、政治家、革命家、芸術家などばかりである。農民や兵士、一般人はめったに出てこない。

だが、当然ながら時間は等しく全ての人間を流れているわけで、ヒトラーがどうこうしている間にも一般人は生き、恋をし、消費し、悲しみ、喜び、生きていたのである。

「映像の世紀」では、そんな一般人の姿を少し垣間見ることができる。

カメラに映る名も無き人々が歴史を作っていることを見ることは、多少なりとも見る者の心を動かすだろう。

 

ドキュメンタリーとして、かなり中立的に作られている

かなり中立的であることを意識して作られた、あるいは火種になりそうな部分は巧妙に避けたドキュメンタリーだと思う。

 

国の位置関係を知ることができる

何を言っているのかと思われるかもしれないが、個人的に、学校の世界史の授業は「地理」を軽視しすぎでは……と思っている。

国や地域の位置関係があやふやであるということは、背景がわかっていないということである。そんな状況で「アルジェリアはフランスの植民地で……」などと暗記するのは苦行のようなことだろう。

映像の世紀では地理的な解説も挟み込まれているため、この辺が解消される(たぶん……)。地図を片手に見ると、さらに理解が深まるのではないか。

 

 

こんなところだろうか。

ただ、気がかりなところもあって、やはり「アフリカ」「中東」「中央アジア」などは出てくる回数が非常に少ない。

20世紀のいわゆる主要な出来事のほとんどが大国の引き起こしたものだったから仕方がないのだけれど、結局21世紀に火種となりつつあるのは、ここに描かれすらしなかった地域である。

 

さて、21世紀はどんな世紀になるのだろうか。願わくば、少しでも、少しでも愚かしく悲しいことが減りますように。